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十日町簡易裁判所 昭和36年(ろ)3号 判決

被告人 甲

昭一九・四・七生 農業

主文

本件公訴を棄却する。

理由

本件は業務上過失傷害罪として起訴されているものであるが、公訴事実は、

「被告人は免許をうけて原動機付自転車の運転業務に従事している者であるところ、昭和三六年五月四日午後零時五十分頃第一種原動機付自転車を運転し時速約三十五粁乃至四十粁で中魚沼郡川西町大字山野田一〇の二番地先道路を小千谷市方面より十日町市方面に向つて進行中、約三十米前方道路右側から左側へ横断歩行中の宮川イト五四才を認めたが、かかる場合運転者としては同女に対し警音器を鳴らして警告を与えるのは勿論、同女の姿勢態度を注視しその動静に応じ何時でも停車し又は側方に避譲できるよう減速徐行すると共に適宜の間隔を保つて進行する等危険の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに同女が道路の左側へ急いで横断するものと軽信してこれを怠り同女の後方を通過しようとして漫然無警告のまま進行した過失により同女が横断途中道路中央より稍左側で速度をゆるめたのに狼狽して挙措に迷い右にハンドルを切つたが間に合わず車体前部を同女に衝突させて転ばし因て同女に全治迄約六ヶ月を要する右脛骨下端粉砕骨折を負わせたものである」と謂うにある。

被告人、弁護人は共に右運転行為の反覆性、継続性を否定して業務上の過失たることを認めず、検察官は反覆性と運転の免許を受けた者の運転には常に如何なる場合でも業務上の注意義務がありと主張するのであるが、惟うに刑法第二一一条にいわゆる業務とは各人が社会生活上の地位に基いて反覆継続して行う事務をいうものであつて、その本務たると兼務たると、またその事務が報酬若しくは利益を伴うと否とを問うものではないことは勿論である。

而して本件を案ずるに被告人は昭和三五年一〇月一〇日新潟県公安委員会から第一種原動機付自転車の運転免許を受け嘗つて冬期の農閑期に五日乃至十日間程商店に手伝いに行き、その際第一種原動機付自転車の運転に従事したことのあることは認められるが、右商店の手伝いをやめてから一年以上も経過しておつてその間原動機付自転車の運転に従事しておらず現在は農業のかたわら余暇を利用して中魚沼郡川西町大字下平新田五九六番地の農業兼木材業を営む小川清次方に手伝いに行き製材や木材の搬出に従事しているものであり、而して右小川方の業務を遂行するに当り又、小川方に通勤するに当り、はた又被告人の日常の生活上原動機付自転車を使用しているものではないところ、昭和三六年五月四日辞書購入のため十日町市に赴くに当り、たまたま他人から第一種原動機付自転車を借り受けて運転中同日零時五十分頃本件事故を起したものであることは被告人の当公判廷における供述、証人小川清次の当公判廷に於ける供述により認定できる。

以上の事実に徴するとき本件事故は反覆継続して行う事務に関連して惹起されたものとみることは困難であり、反覆性のない全く一時的な運転行為に基く事故と判断するを正当なりと思料する。

又仮令無資格運転者の運転であつても場合により業務上の過失を認定し得る如く、これと同様の理を以て逆に本件の場合の如く仮令運転免許を受けている者の運転であつてもその業務と関連性がなく反覆性、継続性を欠く場合においては業務上の過失に問い得ない場合の存することも亦理の当然である。

叙上の理由から本件が刑法第二一一条の業務上の過失傷害罪に該当しないものと判断せざるを得ずして同法第二〇九条の過失傷害罪に問擬するを相当とするのであるが右の罪は告訴を待つて論ずるを要するところ本件公訴の提起に当り右告訴を欠くを以て刑事訴訟法第三三八条第四号により本件公訴を棄却すべきである。

(裁判官 寺岡健次郎)

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